へーゲル「精神現象学」、経過報告 1年が経ちます ♪

相変わらずむずかしい。来月の日曜日には「へーゲルを読む会」の新年度が始まる。新年度だが、すでに『自己意識』にはいっているのだ。

本論の構成は、

☆A 意識

一 感覚的確信 このものと思い込み

二 知覚 物とまどわし

三 力と悟性 現象と超感覚的世界

☆B 自己意識

四 自己自身の確信の真理  (今回はここなので少し細かい目次を・・・)

1.自己意識自体

2.生命

3.自我と欲望

A 自己意識の自立性と非自立性

1 二重の自己意識

2 対立する自己意識の争い

3 主と僕

α 主

β 恐れ

γ 形成

今回はここまで、次回は

四 自己意識の確信の真理 の B 自己意識の自由 ストア主義と懐疑論と不幸な意識 、です。ここからは8月例会です。

(樫山欽四郎さんの訳本を使用している)

上記のB 自己意識の自由 ストア主義と~ が終わると 大見出し ☆C の 理性 に入っていきます。高い山はなかなか頂上の姿を見せません。

今回の「自己意識」ではそれまでの単純な対象から二重の対象性について触れています(触れているようです)。

「自己意識は真理のふるさとである」そういう言葉が始めのところで出てきました。意味は分かっていませんが意味深な言葉ですよね。

この「精神現象学」というのは『意識の経験の学』という副題がついているように『経験』を通じて、人間の「意識」の高まり・深まりの成長段階を、段階的にヘーゲルと一緒に階段を上っていく。そんなところが大きな特徴のようです(解説本にはそう書いてありますw)

現在の理解力では、とりあえずヘーゲルさんについていって何処に連れて行ってくれるのか。そんな確認の旅をしていると、格好良く言うとそうなりますか・・・

ただ、上記の『主と僕』のところは有名な節らしく(読んでも分からないが (/_;) ) 期待はしている。

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コメント

  1. 空色くっきー より:

    おはようございます。

    ヘーゲルを読む会・・・・。難しそうですね。
    心理学や、ほかの学問でも思うのですが、 どうも ~主義 ~理論 という言葉に「受け付けたくない」堅苦しくて、考えを理解する前に、押し付けられそう。という嫌悪感を感じてしまいます。

    堅苦しく考える前に、今日の新鮮な風で体の中を掃除しようよ。と思ってしまうのであります。

  2. admin より:

    >空色くっきーさん

    コメントありがとうございます

    >>ヘーゲルを読む会・・・・。難しそうですね。
    ええ、本当にそうです(+_+)

    >>堅苦しく考える前に、今日の新鮮な風で体の中を掃除しようよ。と思ってしまう
    ええ、同感です。日々の生活大変です。早く定年が来ないかなと思っている自分がいることを正直にここに書きます♪

    ただ、大昔に今の「通信」の学校に「通学」していた時、運良く学ぶことで目の前のもやもやとか、疑問がとれてとても『自由』な経験を体験できたので、たぶんそれが今でも忘れられないのかも知れません。

  3. eudaimonia より:

    >「自己意識」ではそれまでの単純な対象から二重の対象性について触れています。

    即自性と対自性ということでしょうか?

    サルトルが指摘するように、対自性をもつことこそが人間が人間たるゆえんであるということ。
    ヘーゲルの偉大な業績。人間精神の発展史の研究を通して発見した真理。
    エンゲルスに巨大な影響を与えた・・ただエンゲルスほどには労働の意味を把握してはいなかったが。
    こんな理解では間違っているのかな?

    日々忙しく、仕事や家庭を持ちながらも、真理を探究し続けるmurataさん。
    ヘーゲルとおなじくらい立派!だなと、僕は思いますよ・・

  4. murata より:

    >eudaimoniaさん
    コメント遅くなりました。

    自己意識について、詳しく触れるとぼろが出るので (^_^;)

    自己意識同士が関係性の中で展開していく、相手が自己意識を持っているから自分も自己意識を持っている。
    単なる「自我」ではなく。
    話している自分と話している自分を見ている自分、という二重性。この二重性を持つ意識が互いに関係を持つ。

    類としての意識も問題として出てきますね。

    サルトル以下のコメントは同感です、サルトルは読んだことありませんが。