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へーゲルを読む会 第2期 第1回例会

月曜日, 7月 5th, 2010

あまり意味のない写真です (^_^;)

先日日曜日はへーゲルな例会でした、もう『自己意識』です。自己意識も他の自己意識があって自己意識になる。

自己意識は真理のふるさと。

類。  ←ここらでようやくマルクスとの接点が (^_^)v

主と奴 (主と僕、主人と奴隷)、このお話しはやはり面白かったですね。

関係しそうな訳文をそのまま書き写すと・・・

ところが主は、物と自分の間に僕を押し込み、そのことによってもっぱら物の非自立性とだけ結びつき、物をひたすら享楽する。が、物の自立性の面は、物に働きかけ加工する僕にまかせてしまう。

これら2つの契機に於いて、主は他方の意識によって承認された有となる。なぜなら、この他方の意識は、・・・・そのため初めの意識が自分に対して行う事を、自分で行うという意味で、承認という契機が現存していることになる。

なんだか骨も身もない引用だが、主人は奴隷なしでは主人ではあり得ないし、奴隷が労働をするから「享楽」できる。ここで主人と奴隷の関係が逆転していくという事だそうだ。

主人と奴隷というのがどういう事を指すのか、資本家と労働者、あるいは家庭における夫と妻、支配するものとされるものとの関係に置き換えてみると、、、

身近で家庭などは、家事労働の問題とか、DVやら家庭内の暴力や女性差別云々といくらでも出てくる問題だ。

つよいものはよわいものを力や権威や恐怖にて支配する、奴隷が主人を「承認」するとへーゲルは言っている。ただ、一面的で不平等な承認が生じた、と言う。

「自立的意識の真理は僕としての意識である」。う~ん、書いていて思うがやはりへーゲルは積み上げていかないと理解が出来ない。時間の流れ(歴史)が基本にあるから後から振り返ると、ああそうだったんだ、と分かるんだが。

自己意識についてへーゲルの規定は本当にむずかしく、先生もそう言ってみえた。すこしはしょりすぎ、簡潔にまとめようとし過ぎているとのこと。しかし、自分という意識は、例えば話している自分と、その話している自分を見ている自分という2つの自分があるのだそうだ。哲学者は本当にむずかしく考えるとおもう。こういうことを聞くとつい自分は、一人の人間がパラノイアしているのかと思ってしまうが、一人の人間の二つの側面だそうだ。

本音と建て前。裏と表。確かにそう言うから二面性というのはあるよな、、、(^_^;)

自分の思いも、人類みんなのつまり「我々」の思い。私が辛い思いをしている「辛い」というのも個人的な感情だが人間誰でも持つ感情だ、妙に達観してしまったが。

類的な存在とか。ここに来るまでに自我の問題とかあったな、自我を実体化する問題などすっ飛ばしたな・・・

言いたい事がまとまる前に書き始めると意味がない、ナンセンスなだけだ、まとめる努力をしよ (+_+)

Tags: 哲学
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へーゲル「精神現象学」、経過報告 1年が経ちます ♪

日曜日, 6月 27th, 2010

相変わらずむずかしい。来月の日曜日には「へーゲルを読む会」の新年度が始まる。新年度だが、すでに『自己意識』にはいっているのだ。

本論の構成は、

☆A 意識

一 感覚的確信 このものと思い込み

二 知覚 物とまどわし

三 力と悟性 現象と超感覚的世界

☆B 自己意識

四 自己自身の確信の真理  (今回はここなので少し細かい目次を・・・)

1.自己意識自体

2.生命

3.自我と欲望

A 自己意識の自立性と非自立性

1 二重の自己意識

2 対立する自己意識の争い

3 主と僕

α 主

β 恐れ

γ 形成

今回はここまで、次回は

四 自己意識の確信の真理 の B 自己意識の自由 ストア主義と懐疑論と不幸な意識 、です。ここからは8月例会です。

(樫山欽四郎さんの訳本を使用している)

上記のB 自己意識の自由 ストア主義と~ が終わると 大見出し ☆C の 理性 に入っていきます。高い山はなかなか頂上の姿を見せません。

今回の「自己意識」ではそれまでの単純な対象から二重の対象性について触れています(触れているようです)。

「自己意識は真理のふるさとである」そういう言葉が始めのところで出てきました。意味は分かっていませんが意味深な言葉ですよね。

この「精神現象学」というのは『意識の経験の学』という副題がついているように『経験』を通じて、人間の「意識」の高まり・深まりの成長段階を、段階的にヘーゲルと一緒に階段を上っていく。そんなところが大きな特徴のようです(解説本にはそう書いてありますw)

現在の理解力では、とりあえずヘーゲルさんについていって何処に連れて行ってくれるのか。そんな確認の旅をしていると、格好良く言うとそうなりますか・・・

ただ、上記の『主と僕』のところは有名な節らしく(読んでも分からないが (/_;) ) 期待はしている。

Tags: 哲学
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精神現象学 序文 終了

月曜日, 1月 11th, 2010


昨日の「ヘーゲルを読む会」にて精神現象学の序文を一応読み終わる。
しかし、もうここのあたりまで来ると内容について行けない。

原因として予備知識の不足を多々感じた。その一番は「論理学」に関する部分。”内包と外延”など、こりゃ一度しっかり向き合わないといけないと再認識。

仲本章夫さんの「論理学入門」あたりを読みたいが、誰か一緒にやらないかなー (^^;)

Tags: 哲学
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