murata

近況

新型コロナウィルスの緊急事態宣言で、何処にも行かない。行けない。名古屋の本屋をぶらぶらしたいところだが。

家にいるのも退屈、コーヒー豆を買ってきた。アフリカのどこかのピーベリー。酸味は相変わらずアフリカっぽいが後味はスッキリしているので飲みやすい。

AOKIでこれからの季節用ジャケットを買う。衣食足りて礼節を知ると言うが少し気分転換になり、「失われた時を求めて」4巻の続きを読み出す。

昨日夜のNHKスペシャルで新型コロナウィルスの番組を見て、ようやく実感が湧いてきた。今後日本や世界、自分の地域はどうなっていくのか心配になる内容だった。

乱読中

 

今少しブームは去ってしまった感がある、堀田善衛の「ミシェル城館の人」第2巻。

セント・バーソロミューでプロテスタントの虐殺の場面の描写が静佳で圧倒的な迫力を感じました。

早く3巻全部読み終えて、他の堀田の本に行きたい。

大岡信(おおおかまこと)の「折々のうた」からの選集。

和歌は短いので、せっかちな現代人は本文を味あわずに、大岡の解説に言ってしまう。のではないか、ジブンがそうである。ゆっくりと時間を掛けて味わう本だ。

ようやく4巻の中程にたどり着いているが、これも遅々として進まない(>_<)

資本論第3部「利子生み資本」を早く進みたいのだが、、、やれやれ。

ハイネ著「ドイツ古典哲学の本質」

この本を読みかけていろいろ分かったことが多い。基礎的だが哲学史的に教えられることが非常に多かった。

なぜドイツにて哲学が発達したのか、それをルターの宗教改革から書き起こしている。

そこにはキリスト教会とキリスト教の違い、そもそもキリスト教は人間の精神を「神」肉体を「サタン」とした2元論であること。そのため、ローマ・カトリックでは政治的に「ローマ教皇」と「神聖ローマ帝国皇帝」との対立が矛盾として語られる。

 マルクスが「ドイツ農民戦争」について書いているがそれの精神的な要因の解明にも触れられている。

 まだ第1章だが、2章にはスピノザとレッシングがテーマ、3章はいわゆるカントからヘーゲルへの「ドイツ古典哲学」の流れだ。

哲学史と認識論についての基礎的理解にこれほど良い本はないだろう。この本の続編がエンゲルスの「フォイエルバッハ論」だといってよいだろう。

もっと薦められ読まれるべき本だと思う。

近況

ここのところ仕事に追われて好きなことができない。働き過ぎるとエネルギーが消えていくのが分かる。

下呂温泉へ家族で。

ヘーゲル全集大論理学1巻初版。知泉書館。

コロナウイルス騒動、陰性。

利用者が亡くなり明日お通夜。

人混みが怖くて身動きできない。

マスクがない。

レンタルサーバーをどうするか。

近況

Office365に登録

iPad Pro11

Wordからwordpressに投稿

失われた時を求めて第4巻中程

「哲学史」仲島陽一、がとても面白い。

「折々のうた」を4冊中古で購入

NHKFM今日は一日アリーサ・フランクリン三昧、以来applemusicでプレイリストを作って聞いている。ようやくソウルに耳がなじみだしたか?

今日読んでいた本

「変わったタイプ」トム・ハンクス 新潮クレスト・ブックス

「ミシェル 城館の人」1巻 集英社

昔の記憶 伊勢2

(途中から流れが変わって長文になってしまいました)

 もう記憶は無くなっていくばかりなので思い出したから書いて行こう。

 「伊勢神宮」はどうして「内宮」と「外宮」があるのか?

 子どもの頃は、内宮の「神さん」たしか近所の大人は「神様」と言わず「神さん」と言っていた記憶が(方言か?)。

 その内宮の「天照大神」に食べるものを奉納というか世話をするのが「外宮」に祀られている「豊受大神」という神さんというのが子どもの頃教えられた話しだった。

 しかし新日本出版社の新書「伊勢神宮」を読んでなるほどと思った。この「豊受大神」というのはもともとこの地方の豪族が祀っていた神で、土着の「神さん」なんだそうだ。
 そこに大和朝廷が勢力を伸ばし、この地「伊勢志摩」を征服し大和朝廷の神を祀ろうとした。多分地元の人を懐柔するために土着の神を「従属的」に残したのだろう。

 これを書いていて、今来日中のアメリカ合衆国大統領トランプと日本の「天皇(安部首相含む)」の事が結びついた。
どちらが「内宮」で「外宮」かは、言わなくてもでしょうか。

 ついでに言えば、終戦によって日本の支配層が守ろうとした「国体(国民体育大会ではない(^^;))」は戦勝国「アメリカ」に変わったのであり、戦前の日本の働く人々・民衆に対する支配制度は天皇制から「アメリカ(安保条約)」に変わっただけで、支配の構造はいまだに戦前と変わっていない。
 
 アメリカと天皇制(象徴という骨抜き)という2重の支配に押さえつけられている、ある意味戦前より酷い外国の占領が続いているが故の、政治的後進国だという本質が分かってくると「外宮」の神さんと家来、特に家来は「内宮」の神さんをもてなす役目にいそしむのだ。

 しかし、「日本会議」に集まる復古主義者は自分たち日本人が「内宮」を取り戻そうとしているのか?それとも「内宮」「外宮」関係の延長で「外宮」の力を大きくしようとしているのか。ちょっと勉強不足。

もっと伊勢市の自然や、人間について書きたいことがある。部落差別のことや宮川の少年刑務所とか、、この少年刑務所は正直怖かった、、、続く。昭和な写真も少し(^^;)

昔の記憶の記録「伊勢」1

伊勢うどん
 この写真は「おかげ横丁」の写真からとってきたものですが、自分は10歳まで伊勢に住んでいたのでその頃の自分の記憶の「伊勢うどん」とは微妙に違う。
 まず汁が違う。
子どもの頃近所のうどん屋で食べた記憶があるのだが、その時の汁はもっとどす黒いとでも言いたいぐらいのもので、しかしシャビシャビで、味は子どもでも食べれるあっさりとしたものだった。

 伊勢市を知っている人がいるか知らないけれど、生まれたのは伊勢市二俣にある病院、七五三は当然「伊勢神宮内宮」(自慢)。

 数年に行われる遷宮に関連した行事「お木曳き」の絵を幼稚園の時コンクールに出したら、「特選」をもらって神宮大宮司の徳川なんとかと言う人の名前の入った菊の紋の透かし入りの賞状がある(自慢です、すいません<(_ _)>)

 生まれて少しはどこかの二階に親子で間借りしていて、その後、大世古町、宮川の東にある宮川町と引っ越した。
伊勢市はこの宮川の西にも広がっているが昔の伊勢市民は、宮川の西は「田舎」という認識だった記憶がある。