時々

いくつかの思い出も記録していこう。

時々思い出すのが1981年という自分が高校を卒業し大学に入った年だ。

当時名古屋はまだまだ「大いなる田舎」ではあったが本当の田舎から出てきたものにとってはやはり大都会だった。今住んでいる岩倉にしても田舎では全然ない。名古屋から電車で20分なんて名古屋市の一部だ。

大学1年の頃は障害者福祉研究会に入った。部員(会員?)は100名を越えていた(^_^;)そんな時代の名古屋市長はまだ本山さんだった。名古屋市中区にある小汚いアパートの一室に事務所が有り先輩に連れて行かれたところが「愛障協」略してASK、当時はKSL,ZSKなど頭文字?をとって言い合っていた。AKBやSKEのはしりかしらw ← Σヽ(゚∀゚;)チガウカラッ!

そんなところには鬼頭さんという事務局のおじいさん(?)やメガネが印象な中村さん、高橋せいきょう(だったかな?)さん、こぶしの会のメンバー、劇団うりんこの名前は誰だったんだろう?役者さんでないから代表さん?とかもうメンバーのアクが濃い濃い!!

高橋せいきょうさんと握手すると事務局のメンバーになるという伝説の通りになり、なんだか大人になった気分がしたものだったNoNoNo(゚ ェ ゚)b゙

確か愛知県との交渉の場なんかには豊橋の方からほぼベットな車いすにほぼ横になりながら参加してくる新堂さん?検索すれば正確な名前も分かるだろうが検索しているうちに何を調べているか忘れるし(^_^;)

もう「うるさい」障害者がわんさかわんさかww

「ヘーゲルを読む会」で福田静夫先生とその話をしたら「君その頃知ってるの?いやああの頃は良い時代だった、あんな時代はもう来ないよ」と言われその言葉がかなり悲観的に聞こえて悲しいというか寂しい思いをしたのを覚えているそれは3,4年前の話だが、、、

障害者が怖いと言う人もいるけれど本当に怖いのはその生き方の強さや激しさだと思ったし、そういうところに惹かれて今の自分があるのだと書いていて思い出した。

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