さて、記念すべき10人目は、Billy Gibbonsさん
ZZ Topの方ですねw
検索したらトップに出た写真w
う~~ん、やっぱり聞いてないなー。。。ブギーなサウンドだそうで、しかもデビューは1969年!比較的超有名人の前座が多くそれでメジャーになるきっかけを ・・・と、wikipediaの情報を写していてもしょうがないですな。
じゃ、また気が向いたらお会いしましょ (^^)/~~~
さて、記念すべき10人目は、Billy Gibbonsさん
ZZ Topの方ですねw
検索したらトップに出た写真w
う~~ん、やっぱり聞いてないなー。。。ブギーなサウンドだそうで、しかもデビューは1969年!比較的超有名人の前座が多くそれでメジャーになるきっかけを ・・・と、wikipediaの情報を写していてもしょうがないですな。
じゃ、また気が向いたらお会いしましょ (^^)/~~~
本人も忘れ去っていた「100人のギタリスト」 (^_^;)
今日9回目(まだ・・・)はBilly Corgan ビリー・コーガン スマッシング・パンプキンズの方です。
もう今日はこれくらいで終わります(ぉ
なんか、家のかみさんは好きみたいでCD転がってましたが・・・
ジャケもキモイし
音もくどくてキモい
失礼しました~~ m(_ _)m
相変わらずむずかしい。来月の日曜日には「へーゲルを読む会」の新年度が始まる。新年度だが、すでに『自己意識』にはいっているのだ。
☆A 意識
一 感覚的確信 このものと思い込み
二 知覚 物とまどわし
三 力と悟性 現象と超感覚的世界
☆B 自己意識
四 自己自身の確信の真理 (今回はここなので少し細かい目次を・・・)
1.自己意識自体
2.生命
3.自我と欲望
A 自己意識の自立性と非自立性
1 二重の自己意識
2 対立する自己意識の争い
3 主と僕
α 主
β 恐れ
γ 形成
今回はここまで、次回は
四 自己意識の確信の真理 の B 自己意識の自由 ストア主義と懐疑論と不幸な意識 、です。ここからは8月例会です。
上記のB 自己意識の自由 ストア主義と~ が終わると 大見出し ☆C の 理性 に入っていきます。高い山はなかなか頂上の姿を見せません。
今回の「自己意識」ではそれまでの単純な対象から二重の対象性について触れています(触れているようです)。
「自己意識は真理のふるさとである」そういう言葉が始めのところで出てきました。意味は分かっていませんが意味深な言葉ですよね。
この「精神現象学」というのは『意識の経験の学』という副題がついているように『経験』を通じて、人間の「意識」の高まり・深まりの成長段階を、段階的にヘーゲルと一緒に階段を上っていく。そんなところが大きな特徴のようです(解説本にはそう書いてありますw)
現在の理解力では、とりあえずヘーゲルさんについていって何処に連れて行ってくれるのか。そんな確認の旅をしていると、格好良く言うとそうなりますか・・・
ただ、上記の『主と僕』のところは有名な節らしく(読んでも分からないが (/_;) ) 期待はしている。
asahi.com(朝日新聞社):マイケルさんファン、路上でゲリラライブ 急死から1年 – 社会.
NHKの7時のニュースでもやっていましたが、言いたい事から言うと『死んだ人間を食い物にしている音楽業界』とでも言うのだろうか。
マイケル・ジャクソンって亡くなる前は本当に何処へ行っても児童虐待など、ゴシップ記事の標的だったし、マスコミの報道のスタンスも音楽性ではなかった。
と、思う。
亡くなった人の悪口を言っているのではなく、この盛り上がりはそれを利用しているニュース番組や多分背後に隠れている(いないか?w)業界の意図的なものを感じる。彼が生前あれだけ変人扱いされていた(言い過ぎ?w)雰囲気と映画の再上映とのギャップ。倉木麻衣なんかも大ファンだったとFMで言っていたが、どういうところに影響されていたのかはまるっきり伝わってこなかった。『とにかく全部好きだった』何て言ってた、その番組では。
何が言いたいかというと、多様性に向かっている音楽の世界にまったく逆行しているこのお祭り騒ぎに異論を唱えたいのだ。
マイケルがどうのこうのと言う前に、広く世界を見れば自らの民族的ルーツを元にそれをより普遍的にグローバルに伝えていく地道な努力をしているミュージシャンがたくさんいる。
少し下火になってしまったが、『アイリッシュ』や『アメリカーナ』や、またそれらとも交流しているアフリカの音楽とか。
先日のBeatlesリマスター祭り(^_^;) なんかもそうでしょうか。いい加減過去の終わっている『進化』にしがみつかないで現代のジョン・レノンでも探した方が、というかそれも二番煎じですね (^O^)
著者は、共に神戸女学院大学教授の「内田樹(うちだたつる)」さんと「石川康宏」さんです。
マルクスの著作を『共産党宣言』『ユダヤ人問題によせて』『へーゲル法哲学批判序文』『経済学・哲学草稿』『ドイツ・イデオロギー』と年代順に往復書簡という形でそれぞれの著作を若い世代への解説という意図を持って書かれた本です。
思想的には異色のコンビと言ってもいいでしょうが、上記のブログを読んでみるとお互いに政治的思想的な立場の違いを認めながらも人間としてそれぞれ信頼されていることがよく分かることを過去にも何度か書かれています。
石川康宏さんは『慰安婦と出会った女子大生』と言う本を数年前に出されていて、タイトルも少しショッキングで興味半分に買って読んでみたのですが、これがまた単なる歴史書ではなく、「教育実践記録」として成功しているし、『慰安婦問題を単なる自己浄化に終わらせない』と言うことを石川ゼミの学生の生の体験も交えて大いに自分も学ぶところの多い本でした。
しかし、専門的な研究者には2人の文献が同じものを参照していない、出版社が違い訳者が違う為始めて読む読者にはかえって混乱するのではないか、と言う指摘もあります。
私も少し読んで見てこの本の対象者を高校生に置いているのには少し無理があるナーと思います、「必然性」と言う言葉が説明もなく出てきたり、、、
しかし異なる立場の研究者の現代の「マルクス」についての意見交換は貴重な知的作業になるし今後こういう仕事が増えてくるのではないかという漠然とした予感がします。
さすがに4年生の右は、う~んこれで4年生でいいんか? ですが (^_^;)
そういえば自分の父はどうしているだろう、昭和3年生まれなんです、まだ住み込みで寮の管理人みたいな仕事をやっているのですが、人間いくつまで働けるんでしょうかね・・メールでも送っておこう (^_^;)
3.0が出たのでアップグレードしました。
簡単にできると思っていたら、バナーの貼り方からレイアウトから何から何まで忘れているし・・・(/_;)
あぁ、カウンターが飛んだナー、何処行ったかなぁ・・・
講師の先生より小冊子が配られました。
「黄昏に時の雫の映えるがままに ー岸本さん断想ー」という日本福祉大学の発行されている「現代と文化」という研究紀要からの抜粋でした。
岸本晴雄さんという福祉大学で哲学を教えられていた先生です。主にⅡ部生の哲学の講義がぼくの時にはメインでしたのであまりお話を聞く機会はなかったのですが。
亡くなられたというのも(昨年ですが)知りませんでしたし、いわゆる「いりなか」時代も経験している自分にとっては懐かしい思い出と共に思い出されるお名前ではあります。
この文章の前半は福田氏の学生時代の思い出が中心になっていますが、福祉大の哲学の3先生、嶋田豊先生と福田先生、岸本先生の3人の関係や役割分担的な事にも触れられていることも、名古屋における哲学研究運動とでも言う研究活動の一端が垣間見られてとても興味深い部分もありました。
先日亡くなられた、宮田先生、また土方先生、もちろん嶋田先生、竹村英輔先生などのお名前を出され、岸本先生が亡くなられて「何か身の回りが決定的に淋しくなった気がする」と書いておられるのを読むと、先日「ヘーゲルを読む会」当てにメールで「いちゃもん」をつけた自分が恥ずかしい。
福田先生は文章の中で改めて「精神現象学」にも絡めていろいろと書いておられる。
浅学ながら強引に引用をさせていただくと
「・・・新自由主義的な自己責任論の主観主義的な狭い穴蔵から抜け出し、万人が万人にとっての狼であるような新リヴァイアサン的な『市場原理主義』の荒野へ世界史的な『主体』として立ち返り、自然と歴史の主人公として連帯する人間という『大きな物語』をいやおうなく紡ぎ出さざるを得ないのではなかろうか?」
「だから、かつて嶋田さんを含めてよく議論したように、気楽な『リベルタン』ではなくて、カッコウ好さそうで実はシンドイ批判的な『有機的知識人』こそ、やっぱりこれからも我々のゴーイング・マイ・ウェイというものではなかろうか?」
いささか引用が長すぎたが上記引用に、「精神現象学」に示される『意識の経験の学』と言われる、個人の認識の発展、を学ぶ現代的な意味。また、単に自分だけの意識の発展に重点を置きすぎない、これは自戒を込めてだが、飛躍を恐れずに言えば生きにくい個々の人間がバラバラにされた自分たちの毎日。
もちろんそこでみんな必死に生きているんだと言うことを否定するつもりはなくこれを書いている自分が孤独に毎日苛まれているし、自分ばかりを責めている。
そんな現状にもう疲れてしまっているからなのだけど・・
あらためて、『学ぶことと生きること』をもうすぐ50才になろうとしている初老が見え始めたひとりの人間として、ゆっくりと考えたい。
あなたはどう思われますか?
今日はwordpress、このブログ自身からアクセスがありましたよってメールがよく届く。
多分不正アクセスだろう。
福祉大の通信のSNSに入ってからだからそっちの方からかなーー??w
国内の“スマートフォン派”は3.6%、「インターネット白書2010」発刊 -INTERNET Watch.
利用端末とその利用時間によってユーザーのメイン端末を区分したところ、“パソコン派”が32.9%、“携帯電話・パソコン併用派”が13.7%、“携帯 電話派”が13.5%、“スマートフォン派”が3.6%などだった。スマートフォン派は20代~30代の男性が中心で、携帯電話派は女性の比率が高く、 10代~30代の女性が中心。なお、端末にかかわらずインターネット利用時間が短い“低利用層”は33.1%だった。